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パク・ヘジン“イケメンホームレスのおかげで舞台恐怖症消えました”②
いいインタビューです
好意的な記事がうれしい・・・・・


元記事


2006年KBS2週末ドラマ‘噂のチル姫’年下男でデビューしてドラマと芸能を行き来して常勝疾走したパク・ヘジン. しかし正確に2年前である2010年11月は彼の演技人生で最高の試練をむかえることになる。 うつ病および対人忌避症で兵役免除処分を受けた事実が一般に公開されたのだ。

当時彼に向かった視線はそれこそ痛かった。 それもそのはず北朝鮮の延坪島(ヨンピョンド)砲撃挑発事件で世の中は軍問題に対してそのどの時よりも鋭敏だった時期だったためだ。 パク・ヘジンが絶対故意ではなかったと主張してもすでに‘兵役の免除を受けるためにわざわざ精神科治療を受けた’と決めつけた疑惑が相次いだ。 結局パク・ヘジンの兵役免除は真実の有無と関係なくまないたに上がって記憶することもいやな話題で人々のうわさにのぼった。 結局彼は率先半分要求半分国内活動をたたまなければならなかった。


それから1年、パク・ヘジンは不名誉を洗うために自身の傷と個人史まで表わして真実を明らかにしようと奮闘した。 そして昨年12月ついに兵役不正無嫌疑判定を受けた。 うつ病治療が軍隊を忌避しようと虚偽で作った記録でないということを立証したのだ。 兵役不正疑惑はあっという間に一波万波広がって彼を満身瘡痍にしたが、寃罪を晴らしたという便りはうわさなしで静かに伝えられた。 それでも大丈夫だった。 自身の潔白を証明したパク・ヘジンはその時始めて折りたたまれていた翼を広げて再び活動に拍車を加え始めた。


そして2012年パク・ヘジンはKBS2週末ドラマ‘私の娘ソヨン’と会うようになる。 ドラマ‘熱血商売人’以後3年ぶりの作品だが、兵役悪夢に苦しめられた彼としては砂漠のオアシスだったかも分からない。 劇中主人公ソヨンの双子弟サンウ役を担ったパク・ヘジンは特有のイケメンイメージを発散してもう一度居間女心を攻略している。 特に先月21日にはKBS2 ‘ギャグコンサート’でホ・ギョンファンと似ていたイケメンホームレスに変身してまた他の思い出を作ることもした。


“2年前兵役免除と関連したことで各種デマに苦しめられて精神的苦労が多かったもので知っている。 本当に容易でなかった時期だったようだ。”


めいが姉のお腹の中で全てのものを認知できた時期、すなわち姉が臨月である時‘軍免除事件’がさく烈した。 毎日毎日気を付けなければならなかった時期にあちこちで電話もたくさんきて、私に向かった嘲弄と攻撃も多かったが姉がそれをみな受け取った。 それで姉にとても申し訳ない心を持って生きている。 めいにも私の一生返しながら生きなければなければならないと考える。 妊産婦にどれくらいストレスだったのだろうか。 もし姉が、そして家族がなかったとすれば今の私がいたか考える。 家族の大切さを切実に感じる契機になった。


“‘私の娘ソヨン’キャスティングが偶然だけとは違うようだ。 ドラマのように実際にも姉と間が格別なようだ”


そうだ。 事実幼かった時の私は姉にまともに姉という話をしたことがない無愛想な弟だった。 だが年を取って分別がつきながら、そして姉が嫁に行ってめいができながら大いに変わったようだ。 今でも一緒に暮らしているがこの頃めいを見る面白味にどっぷり浸かった。 今風があるならばめいが一日も早く話を習って叔父だと呼ぶ声が聞きたい。

“過去うつ病のためにたくさん苦労したと聞いた。 そのために兵役波紋から苦労したりもしたが…”


うつ病、それが簡単に克服できるようだったら2年半という時間の間高い値段持っていって病院に通わなかっただろう。 事実姉の手に引かれて病院門を入る瞬間までも私は正常だと信じて疑わなかった。 ただ人会うことがちょっと面倒になったし、外に出て行くのをそれほど好まなかっただけ。 それで私の性格が単純に内省的とだけ考えたし、また、そのように信じて生きてきた。 だが、専門医から‘正常でない’という判定を受けた時は本当に衝撃的だった。 初めにはうつ病テスト用紙を読んでチェックだけしただけなのに、すでに‘私は正常でない人’になっていた。 それこそ‘メンタル崩壊’であった。


“それでも表情がたくさん明るく見えて良い。 本人はもう過ぎた日の憂鬱な影から解放になったと考えるのか…”


‘歳月が薬’という言葉が自分の場合にも通用するようだ。 うつ病も一種の病気だ。 心の病気であるだけに100%完治はありえないが、それでも絶対不治の病気でもない。 努力如何によりいくらでも好転可能性がある。 それで治療も熱心に受けたし自ら治癒努力もたくさんした。 今は本当に大丈夫だ。 時々気持ちが沈む時もあるが以前と同じ症状は感じない。


“うつ病による兵役免除、もし‘パク・ヘジン’が俳優でない一般人だったら果たしてそのように大きく浮び上がったかという気がする。 表面では派手だが見守る目が多いだけ私生活がない職業がすぐに芸能人だ。 芸能界に足を入れたことに対して後悔したことはないだろうか”


特別に後悔してみたことはまだない。 兵役免除論議が上がっては下りる時‘私が一般人であってもこのように非難されたのだろうか’ ‘私自らも他人に明らかにしたくなかった胸中傷がそのように非難されることなのか’に対して考えてみたことはある。 それは明確に気に障ったことだった。 だが、このために私の仕事を選択したことに後悔しはしない。


パク・ヘジンすれば一番最初に浮び上がる単語はまさに‘年下の男’. 彼のデビュー作であり俳優としての名声を広く知らしめるのに一助となった年下の男キャラクターは現在までも彼には荷札のように追いつく。


なぜそうか。 もちろん年下の男が‘魅力的なキャラクター’という理由もあるが、先に彼が出演した作品等を見よう。 KBS ‘空ぐらい地ぐらい’のチョン・ムヨン、MBC ‘エデンの東’のシンミョンフン、KBS ‘熱血商売人’のハリュ、そして現在の出演中であるKBS ‘私の娘ソヨン’のイ・サンウに至るまで。


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確かにパク・ヘジンが演技したキャラクターはすべて違ったようにしながらも片方ではのような魅力を見せる。 ひょっとして‘一つキャラクターだけを固執するのではないのか’という疑問がこっそりと頭を上げる。 これに対してパク・ヘジンは首を横に振って“確実に一つだけを固執するのではない。 率直で冷静に話そうとするならキャラクターに私がたくさんくっついて出るからであるようだ”と多少遠まわしに表現した。 別に率直で冷静な返事では聞こえない。


“それでもやはり特有の感じがプンとするやわらかい外柔内剛型キャラクターをたくさん演じた。 この言葉は本人も同意することだと考える。”


率直に話す。 ‘噂のチル姫’年下の男を演技する時は事実演技が何か、そしてキャラクターが何かわからなかった時期であった。 ただ持ち出しておいてできるのを表現するのに汲々とした。 その次作品‘空ぐらい地ぐらい’を演技した時はまた他の姿を見せるべきだったのに。


もう少し冷静に話す。 確かに時間が過ぎるほどますますパク・ヘジン化なって行ったこと同じだ。 作品の中キャラクターに力を与えるべきだったのに。 時間が過ぎながらパク・ヘジン本来の姿が度々出てきて見たら似たイメージを植え付けたことではないかと思う。


“それなら劇中で見せてくれるように実際の性格もやわらかいという言葉なのか?”


ところでそれがまたそうでもない。 かえって冷静で理性的な人に近いと話せる。 すべてのことに感情的に対処しようとするよりは理性的になれるようにたくさん努力するほうだ。

“今まで演技した役割中で自ら人間‘パク・ヘジン’と最も類似だと考えるキャラクターを選ぶならば? 一つさらに。 今まで話した通り‘パク・ヘジン’という固まったイメージがあるようだ。 ひょっとしてこれを破りたい考えはないか?”


最も似たキャラクターならば‘私の娘ソヨン’のサンウ. それでさらに役割に愛着があるようだ。 (笑い)今のイメージを無理に無理に破りたくはない。 一度に変わるよりは少しずつ変わる姿を引き続きお見せしたい。


“やはり演技者だから新しく挑戦したい役割は明らかにあるはずなのに。 例えば史劇とか。”


確実に‘このような役がしたい’で定めたのはない。 ただ出るように適合した役割ならばその比重が大きくても小さくても、主演でも助演でも関係なく消化して出したい。 もちろん史劇だと例外ではない。 ただし感情に揺れないで私が表現できる演技力を思う存分表わすことができるそのような人物に会いたい。


“結婚適齢期が徐々に近づいている。 特に挙げる理想はないか?”


内的にも外的でもチョン・ミソン先輩が私の理想だ。 恋愛をすることになるならば元気な人に会いたい。 身体と精神が皆元気な人. あえて三十という年齢のためではないが、結婚に対しては今でもたくさん考えている。 35才までにはするべきではないかと思う。

“人生のあるいは演技のロールモデルはないのか、パク・ヘジンは今後どんな人になりたいのか。”


演技派俳優、色ある俳優そのような俳優は私自らのキャラクターが強くもないので容易になれないようだ。 単に俳優的な側面ではパク・ヘイル一緒にどんな服を着せておいてもよく似合う俳優になりしたくてする欲はある。 人間パク・ヘジンとしては真正性ある人になったら良いだろう。 軽くなくて所信がある。 誰顔色を見ないでしたい話はすぐにできる人になりたい。

“今後の活動計画を聞きたい。 そしてこの機会にファンたちに伝えたい話もお願いする。”


来年3月までは‘ソヨン’撮影にまい進するようだ。 そして中国で計画中であるドラマと映画があるので、終ればすぐに中国で行って撮影をすることになるようだ。 もちろん帰ってきても作品活動は続く。 恐らく来年この時期までは休息ない日が続くようだ。


ファンたちには伝えたい話は一番先に質問したら良ければ良かったのに。 (笑い)難しい時期もあったが、このように暖かく歓迎して下さったことに対してとても感謝する。 また大変だった時期話が出てくるのはでないか心配もたくさんした。 ところが‘俳優パク・ヘジン’として再び愛されているという喜びに胸が手に余る。 ‘私の娘西営が’という呼吸が長いドラマであるだけに継続するということに呼吸をしてくれればそれ以上の風はないようだ。

塩野七生は‘ローマ人の話’で‘ローマをローマで作ったのは試練だ’と話す。 ローマの興亡盛衰は戦争で勝ったか負けたかでなく、戦争が終わった後に何をどのようにしたかにより左右されたと説明する。

パク・ヘジンも彼の人生の重要な峠で大変な戦闘を行った。 明確に人生の転換点になり得る試練だった。 しかし今の彼にいて勝敗は重要ではない。 俳優パク・ヘジンが書いていくドラマは‘私の娘ソヨン’よりはるかに呼吸が長くて長いドラマであろう。 そして如何に多いファンたちが彼とともにずっと呼吸を合わせることあるだろうかという依然として未完成で残っている。 ‘ローマ’を建設するあまり試練は依然として彼の持分であるから。

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[2012/11/10 00:20 ] | パク・ヘジン | コメント(0) | トラックバック(0)
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